青蓮亭日記

seirentei.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2009年 03月 23日

中院で (備忘録 1)

昔、中院で父が撮った写真。
きょうだい3人が珍しく自然なポーズで収まっている。

私の着ている赤黒チェックのジャンパースカートは姉のお古だそうだ。
ベレー帽とタイツと靴も赤。

手に持っているのは何だろう?

f0151592_18393495.jpg




f0151592_18384126.jpg

歩く子どもの私。
半ズボンにタイツ姿の兄(この時代の男の子はこんなだったのだ)。

f0151592_18401635.jpg

「お姉さん、少女雑誌に出てくる子役の女の子みたい」と、ZOO。

以下は個人的な備忘録が長々と続きます……。


*******************************


昨日はZOOと2人で昼前に川越へ。
「朝が遅かったから」という父とは早めの夕飯を一緒に取ることにして、
姉と3人でぶらぶら歩いて手打ちうどんとそばの店「はすみ」に。

父も姉も私も普段はつましい暮らしをしているけれど、
施設や病院にいる母を見舞った後は、
「おいしいものでも食べに行こうか」と外食することが多かった。
「家で何かつくる?」と父に聞いても、いつも「いいよ」と言われた。

これからしばらくは、こうやって親きょうだいで飲み食いすることが続くんだなと思う。

一度姉の家に戻り、父と一緒に郊外にある市営の葬祭施設の見学に。
広大な敷地に美術館かホールのような立派な建物。
職員の方のよどみない説明を聞きながら、広い施設を回る。

最後に霊安室に入り母の顔を見せてもらった。
担当の方がSF映画のように金属製の引き出しを引くと、
少しずらしてある棺から母の顔が見えた。
亡くなった直後以上にきれいな顔をしていて、みんな驚く。
眠っているようでなんだかあまり実感がわかない。

ぼんやりした頭で、もっと若くに両親や伴侶を亡くしたり、
子どもに先立たれたり、事故で突然亡くなったりした人の家族のことを想像する。

見学を終え、父がのどが乾いたというので、実家の近所のシマノコーヒーに。
レモンスカッシュを飲みながらずっとしゃべり続ける父。

いつもは愚痴が5割、“自分の健康の話” が2割、
昔話が2割、食べものの話が1割くらいの割合だけど、
昨日は昔話が7割、おいしいもの好きな姉がいたので食べものの話が3割といった感じ。

夕飯は、車でしか行ったことのなかった今成の手打ちうどんの店「むぎなわ」
(昼も夜もうどん三昧)。
普段は車ばかり乗っている父も珍しく歩いて行くという。

ここはうどん好きの父が川越の中で一番好きな、気取らない家族経営のお店。
父が母のことを話すと、「それはお寂しいですねぇ」とおかみさん。
帰りには御主人も厨房から出て来てくださった。

ZOOが後で
「俺なんかよりあのくらいの年代の人に『お寂しいですねぇ』と言ってもらうと、
何倍もなぐさめられるんだろうなぁ」と言っていた。

20日と昨日だけで父からずいぶんいろいろな話を聞いた。

結婚前に父が6年間つきあっていた美人の彼女のこと。
半年だけタイプ学校に通ったもののあまり上達しなかったこと。
知人の紹介で21歳で観光バス会社に入社したときには、もう母がそこに勤めていたこと
(2人が結婚したのは父が25歳、母が29歳のとき)。

広がりすぎてどう落ち着くのかわからない、
同窓生やら親戚の親戚やら御近所の人たちの話。

昔の台湾バナナがいかにおいしかったか。
十一屋の串カツの話。
焼き鮭が嫌いな理由。
青森産のニンニクを入れてストーブの上でコトコト煮込む手製のもつ煮の話。
母のつくった「飛竜頭(ひりょうず)」の話、
イイダコ釣りの話。

十何歳だかにもなるのに子猫のように「ミューミュー」としか鳴かない
三毛の雌猫「みーちゃん」が、毎朝父の手や顔をなめて起こすという話。

私はぼぉっと黙っていることも多かったけれど、ZOOが代わりに話に加わってくれた。
父と姉は終始同じテンションで話し続けていたから、
ふたりとも家に帰ったらどっと疲れが出たんじゃないかと思う。
みんな一見平静なようで心身のバランスが崩れているから気をつけないと。

哀しみは、ひとりでいるときにふいに襲ってくる。
朝目が覚めたとき、電車やバスに揺られているとき、お風呂に入っているとき……。

猫の世話が大変だとよくこぼしていた父だが、
今は「みーちゃん」の存在が少しはなぐさめになっているだろうか。

普通は人が死んだら2〜3日の間に一区切りするはずなのに、
26日まで宙ぶらりんな状態が続く。

by penelope33 | 2009-03-23 18:59 | つれづれ


<< 見送り(備忘録 2)      お彼岸に >>