2009年 08月 04日

「よね」と「みーこ」

昨日押し入れを片づけたとき、母のノートや手紙の入った袋をひさしぶりにあけた。
何年も前に実家から持ってきたものだ。

子ども時代のことを綴ったノート、父方の法事のときの写真、母宛のハガキなどが少し。
それと、この書き損じの挿絵入りの一筆箋。

自分の手元にある手紙を読み返してみたら、'93年の5月にもらった手紙の下書きだとわかった。
実家で飼っていた猫の「よね」が、
お腹に毛玉がたまって具合が悪かったときの様子が書いてある
(「よね」の思い出はこちらのページの後半に)。

母の “脱力系” のイラストはいつも味があっておもしろかったけど、
これなどは傑作の部類じゃないだろうか?

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上から「寒い夜」「暖(か)い夜」「やゝ暖い夜」
「おなかがすいた夜」(あきらめてねる)との解説。

「てるこ」のハンコは私があげたもの。

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実家では、「よね」の晩年は、三毛の雌猫「みーこ」
(最初は飼う気がなかったからテキトーな名前)と
多頭飼いをしていた。

「みーこ」は近所の猫が実家の庭に産んでいった子猫のうちの1匹で、
いつも眼ヤニで眼をショボショボさせていた。
母がひざに乗せ、目薬をさしてやるうちにすっかりなついて、
そのまま飼うようになったと聞いた(その頃私はもう実家にいなかった)。

去勢して少年の声を保ったという近世イタリアのオペラ歌手「カストラート」みたいに、
大人になっても「フミャア」と子猫の声で鳴く変わった猫だった。

母が施設に入った当初は「猫なんか面倒だ」と言っていた父も、
近年は「朝は『みーこ』が顔をなめて起こしてくれるんだ」と、
ひとり暮らしの心の支えにしていた。

あんまり才気煥発というタイプではないけれど、
歯が全部なくなってシニア向けの猫缶を食べるようになっても毛並みがとてもきれいで、
「フミャア、フミャア」と子どもっぽく人懐っこいところがかわいかった。

その「みーこ」が先週死んだ(30日未明)。
14歳くらいだったか。老衰といっていいと思う。

ZOOが、「よねはヤマちゃんの守護霊になってるから、
みーちゃんはおかあさんが呼んだんだよ」と言った。

そういうもんかな……。


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10年前、結婚前にZOOが川越に来て撮ったみーこの写真が出てきた。
(木造の建物は実家ではありませんが、実家も似たようなものです)。

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みーちゃん、この頃は “ぷくぷく” だったんだね……。

by penelope33 | 2009-08-04 13:34 | つれづれ | Comments(4)
Commented by tmk* at 2009-08-05 00:01 x
まめなお母様だったのですね。猫の雰囲気がすごくよくわかります。そのまま一筆箋の柄になりそう。わたしの祖父も先週亡くなりまして、うちの祖母は「てるこ」なんですよ。みーこさんも、おかあさんと楽しんでるといいですね。
Commented by ぷち at 2009-08-05 00:04 x
てるこ画伯、いいですね〜。お手紙の文章も。
うちの母は昔は怖いほど手紙が来ていたのに、最近は
億劫になったようで、電話ばかりです。
Commented by penelope33 at 2009-08-05 00:27
> tmk*さん

そうでしたね……お悔やみ申し上げます。

母は昭和3年生まれ。
当時は、大正1925(大正14)年12月に昭和天皇の第一皇女・照宮
(てるのみや)成子内親王(後の東久邇成子)が誕生したことに
あやかって、「照子」という名前が多かったと聞きました。

父がちょっとかわいそうですが(笑)、
みーこは母が一番好きだったので、あちらで甘えていることでしょう……。
Commented by penelope33 at 2009-08-05 00:49
> ぷちさん

「てるちゃん」は、なかなかおもしろいヒトだったんですよ(笑)。
耳が遠かったものですから、図書館で本を借りて読んだり
(山岸凉子や青池保子のコミックスを自分で買って読んだり)、
好きなCDを大きな音でかけたり、ひとりの時間を楽しむタイプでした。

元気だったらヤマコに会わせたかったなぁ……。

ぷちさんのお母様は、御高齢なのに海外旅行に出かける気力や
行動力がおありですばらしいですよねー。
生きる気概・気迫のある方は強いですね。


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