青蓮亭日記

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2009年 08月 14日

川越と鵠沼

今日は川越へ。

春に母が他界したので「新盆」なのだが、
お墓参りは父と姉夫婦にまかせて、
姉の見立てのシンプルな仏壇にお線香を上げてきた。

父がつくったキュウリとナスに割箸の足をつけた昔ながらのお飾りがかわいかった。
「よね」や「みーこ」の写真も飾ってあった。

でも私は、お墓や仏壇に母がいるとは思っていない。

下の写真は、母が子どもの頃毎夏過ごした湘南の鵠沼(くげぬま)海岸で、
母の長兄(=リンク先の写真の中央)が撮ったもの。
妙に生真面目な顔をして、思いっきりブランコをこぐ
70年以上も昔の「てる坊」(照子=母)は何を考えていたのだろう……。

下に見える「お品書き」がいい味出してるなぁ。

f0151592_22542535.jpg




奇遇にも、兄の奥さんの実家がこのあたりなのだそうだ。
今は兄夫婦と3人の子どもたちもこの近所に住んでいる。

川越からの帰り、「みーこ」のために買ってあった “シニア用” の猫缶と煮干しを
父からもらってきた。

by penelope33 | 2009-08-14 22:59 | つれづれ | Comments(4)
Commented by sa55z at 2009-08-15 07:36
撮影時期に関係なく、これ、すばらしい写真ですね。
当然この時代には生きておりませんが、当時のにおいが伝わります。
Commented by penelope33 at 2009-08-15 10:41
ありがとうございます。
sa55zさんにそう言っていただけるとは、UPした甲斐がありました。
私も「これ、桑原甲子雄の作品って言ったら
通っちゃうんじゃないかな」と思いました(笑)。

伯父は30そこそこで早世したので私は会ったことはないのですが、
母から聞いた話だと、地元の写真クラブのようなものに入っていたそうです。
確かローライフレックスを使っていたとか。

敗戦後すぐに、伯父が米兵に蓼科かどこかの山の写真を見せたら、
「日本ってこんなに美しいとこなのか」と感心されたそうです。
Commented by rie at 2009-08-17 14:52 x
こんにちは。ようやく夏らしくなりましたね。
私の母も昭和3年生まれです。penelopeさんのお母様の写真と同じような、鎌倉の材木座海岸での写真があります。もしかしたら、どこかですれ違っていたかもしれませんね。
そんな私の母も既に他界して、今年は七回忌でした。でも、母はいまも私のそばにいるような気がしています。
Commented by penelope33 at 2009-08-17 17:49
rieさん、こんにちは。

お母様も昭和3年生まれなのですか……。
本当にどこかで私の母とすれ違っていたかもしれませんね……。

まだまだ心の整理ができていませんが、
私も母は自分のそばにいるような気がしています。


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