2009年 09月 30日
インダストリアルデザイナーの大西静二さん(1944–)が長年蒐集した 約200点の国産アルミニウム製品から厳選した50数点の写真を収録、 デザイン批評に大西さんの個人史や世界観を織り交ぜた短いエッセイを添えた本。 2009年7月18日から 8月16日にかけて 東京・目黒の「CLASKA」 3F 「Gallery & Shop “DO”」で開かれた、 『裸形のデザイン ―O氏のアルミニューム日用品コレクション―』という展覧会で展示された “最重要品” の写真にテキストを加え、まとめたものである。 (なお本書では、展覧会時に使用された「アルミニューム」という言葉を、 より一般的な「アルミニウム」という言葉に置き換えている)。 1.戦前〜戦後の日本の裏デザイン史 アルミニウムという素材は発見されてから約200年。 軽量で成型しやすいことから、第二次世界大戦中には軍需品に多用された。 日本では1942年に戦時の物資統制によりアルミニウム製の玩具の製造が禁止されたが、 それ以前の戦前の日本製アルミニウム製品はとても丁寧な作りだったという。 この本に収められているアルミニウム製の日用品は、 そういった1930年代の製品をはじめ、 戦中から敗戦直後(〜1950年頃)に作られた粗雑な作りの製品、 本来鉄や木材や陶器で作られていたものの「代用品」など、 表面に酸化皮膜を作り錆びにくくする「アルマイト加工」が一般化する以前のものが多い。 また、それらの製品の多くは、 町工場の職人が当時の「新素材=アルミニウム」に真摯にぶつかり、試行錯誤して作り上げた、 「デザイナーの介在しないモダン・デザインの成果」といえる。 汚れを洗われ、銘板を外され、エンボスを消され、塗装を落とされ、アルマイト塗装を剥がされ、 磨かれ、剥き出しになった、アルミニウムという素材そのものと形と構造。 『裸形のデザイン』と称するこの本に収められた品々は、 日本のデザイン正史からこぼれ落ちた優れたモダン・デザインのショウケースである。 2.「レトロ・フューチャー感覚」と「非・古道具」 1950年代の米ソの宇宙開発競争の落とし子であるSF映画や、 1960年代の日本の特撮映画に登場する未来の機械や道具は、 どこかユーモラスな丸まっこいフォルムやペネペナの質感といった、 現代から見ると “懐かしい未来=レトロ・フューチャー” 感覚にあふれている。 この本で見られるさまざまなアルミニウム製品も、 製作当時の “明るい未来” を背負うがゆえに、 総じてレトロ・フューチャリスティックな雰囲気をまとっている。 アートディレクションを手がけた山口信博さん(この方も古物コレクターとして著名)は、 本書のために、伝統的な明朝体(活版印刷の活字だろうか……?)を元にデザインされた 「丸明オールド」という書体を選んだという。 どこかレトロで人懐っこい印象のこの “ネオ明朝体” ともいうべき書体をじいっと見つめ、 「ナルホド……」とうなる。 また、山口さんが人選した写真家の大友洋祐さんは、建築写真がご専門だそうだ。 有名な「建築は住むための機械だ」というル・コルビュジエの言葉をもじって、 「建築は住むための道具だ」と言い換えれば、 これらの古いアルミニウムの道具たちを、 いかにも古道具らしく情緒的にとらえるのではなく、 現代建築のようにニュートラルに記録すべきだというコンセプトがうかがえる。 3. ひとりの優れたデザイナーによるデザイン批評と個人史 数点の例外を除き、基本は見開きの右頁全体がアルミニウム製品の写真、 左頁左端に辞書の見出しのように漢字とローマ字で名称が表記され、 1頁の半分にも満たない大西さんの短文が記された、余白の美しいレイアウト。 軽みのある平易な語り口の文章の余韻を味わうのにふさわしい構成である。 「へら絞り(spining)」「鋳造(casting)」「プレス加工」「曲げ加工」 「リペット止め」といったデザイナーらしい素材・製法・構造・フォルムなどの解説も、 モノづくりに携わる人やモノづくりに関心のある人にとっては興味深いと思うし、 太平洋戦争末期の1944年に生まれ、 この本に登場する多くのモノたちと同じ時代を生きた 大西さん自身の個人史をひもとくのもまた愉しい。 私自身、毎日のように古いものを写真に撮ってながめていると、 繰り返し思い出す定番のような記憶はもとより、 いったいどこからたち現れたのだろうと思うような、 心の奥底に眠っていた記憶が引き出されることがある。 古道具が人をして語らしめる古い記憶。 それは自分自身にとっても新鮮な発見であることが少なくない。 古い道具であるにもかかわらず、 “素裸” にされ時代を超越した、 美しく、ときに不可思議なオブジェたちの写真に見入りつつ、 それらのモノを通して語られるひとりのデザイナーの記憶をたどっていくことは、 少なくとも私のような人間にとっては心踊るエンターテインメントだ。 この本は単なる「アルミニウム製の古道具のカタログ」ではなく、 魅力的なモノの写真と優れたエッセイのコラボレーションなのである。 最後に、前述の展覧会の会場構成を担当し、 大西さん、山口さんと3人でこの本をまとめあげた澄 敬一さんと、 男3人の喧々諤々につきあい、モノたちを「素の姿」に整えるための布仕事を担当された 松澤紀美子さんの労についても触れておきたい。 【収録された日用品(登場順)】 菓子入れ/急須/飯盒/杓文字/電熱器/弁当箱/縞模様のある楕円皿/片口/パン焼き器/ 焙烙(ほうろく)/茶筒/コーヒーメーカー/菓子型/鯛焼き器/ピンセット/ 洗濯物を干すピンチハンガー/アイロン/掃除機/ミシン/救急箱/貯金箱/按摩器/ 団扇(=表紙写真)/蚊遣り器/寒暖計/湯たんぽ/折り畳み椅子/座椅子/丸椅子/乳母車/ 空気入れ/ハーモニホン/アルミニウム琴/譜面台/レコード盤/スピーカー/拡声器と笛/ (紙芝居の)呼び鐘/(赤ちゃん用の)ガラガラ/骰子(だいす=サイコロ)/トイ・ジープ/ 筆箱/下敷/長方硯/メモリーバンド/手燭台/紐巻き器/遠心分離機/磁器掃除機/猪口/ 延煙管/剃刀/オイル・ライター/鈴(りん) 食事やおやつ・お茶の道具〜家事用品〜季節用品〜 リラクゼーション《憩い》やレクリエーション《趣味》の道具〜 学校用品・子どもの道具やおもちゃ〜仕事用の道具〜やれやれと一杯(猪口) 〜身だしなみ(剃刀)〜ちょっと一服(オイルライター)〜お祈り(鈴) ……といった流れだろうか……。 【大西静二さんプロフィール】 1944年香川県生まれ。株式会社アルファデザイン代表。 小学4年生のとき、 担任の先生が持っていた登山用のピッケルを見て衝撃を受け、 自ら図面を描き、近所の鍛冶屋さんに “発注” し、 つきっきりで “ディレクション” したのが、モノづくりに目覚めたきっかけだという。 電子機器メーカーの研究所のデザイン部員として国産コンピューターの開発などに携わった後、 1968年に自身の工業デザイン研究所を開設し独立。 以後、知育教育玩具、美容機器、二輪・四輪車からブルドーザー、 パンタグラフの原理を使ったユニット・ハウスといった住宅まで、 大小さまざまな製品や機械・機器類の設計と制作を手がけてきた。 代表作に、イタリアの女優ソフィア・ローレンを起用したCMと 「ラッタッタ」の愛称で大ヒットしたホンダのミニバイク「ロードパル」(1976年)、 Gマーク(グッドデザイン)産業機械部門賞を受賞した 「コマツ超小旋回式ショベルPC50UU-2」(1992年)などがある。 インダストリアル・デザイン界の最新の潮流を担う一方で、 30年以上に渡り骨董・古道具の蒐集に勤しみ、古物コレクターとして名を馳せている。 今年の7月、 日本のモダン・デザイン史におけるエポック・メイキングな事象や人物を10回に渡って紹介した、 NHKテレビの国際放送『NHK WORLD』の特別番組『J design』の第7回に出演。 ******************************************* 上記の展覧会の様子はこちらに。 2010年9月10日(金)から29日(水)まで開催された 「大西静二+澄 敬一・二人の試み『裸形のデザイン』」展の御案内はこちらに、 展覧会のレポートはこちらに。
by penelope33
| 2009-09-30 17:59
| 観る・聴く・読む
|
Comments(4)
Commented
by
ぷち
at 2009-10-01 11:39
x
展覧会は出かけられなかったのですが、
この本は、先日本屋さんで買ってきました。 ぺねさんならではの解説、いつもながらすばらしい。 この投稿を読んでから、なるほど、と また眺めましたよ。
0
Commented
by
penelope33 at 2009-10-01 14:57
なんだか宿題を終えたような気分です。
いや、夏休みの自由課題かな〜(笑)。
Commented
at 2009-10-02 23:13
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented
by
penelope33 at 2009-10-02 23:42
|
アバウト
古道具屋「ロータス・ブルー(青蓮亭)」店主のつれづれ。家族は映像ディレクターの相方ZOO(2021年9月13日、横行結腸がん+肝転移により58歳で逝去)とキジトラ猫のヤマコ(♀/2022年9月23日、16歳で他界)。ブログ主は、膠原病類縁疾患の『シェーグレン症候群』のため療養中です。 by 青蓮亭 カレンダー
*「ウチのもの・ウチのこと」
「つれづれ」「観る・聴く・読む」 以外のカテゴリで御紹介している 古いものは「商品」です。 *古い記事についてのコメントも 大歓迎です。 また、価格のお問い合わせなど、 どんな些細なことでも、 また何度でも、 どうぞ御遠慮なくお尋ねください。 *E-MAIL はこちらへ (メインのアドレスを G-mailアドレスに変更しました)。 古美術・骨董 アンティーク・レトロ雑貨 ブログ・ランキングに 参加しております。 上の「古美術・骨董」 「アンティーク・レトロ雑貨」 という文字を クリックしていただきますと、 それぞれポイントが加算されます。 お気が向かれましたら、 よろしくお願いいたします。 カテゴリ
全体 初めて御覧になる方へ LE LOTUS BLEU の由来 価格について 古いもの・古びたもの レトロ・ポップ クラフト・デザイン 大江戸骨董市 西荻骨董好きまつり ドーの古道具市 点店 ルーサイト ギャラリーの骨董市 二子ノミの市 イベント出店 書籍『野菜のポタージュ』 書籍『野菜のスープ』 お知らせ つれづれ ウチのもの ZOOの夢日記 観る・聴く・読む タグ
器(541)
骨董(467) 古道具(405) ヤマコ(328) 住まい(283) 骨董市(248) カルチャー&サブカルチャー(210) 民藝(189) 食べる・のむ(177) 木工・天然素材(134) 白いやきもの(127) 金属・金工(122) ヴィンテージ(79) 家族・思い出(76) ガラス(71) 小さきもの(65) 身につける(52) カメラ・時計(41) 琺瑯(35) 紙もの(26) 染付(11) 印判(11) ブログジャンル
検索
最新のコメント
ブログパーツ
記事ランキング
画像一覧
最新の記事
以前の記事
2023年 04月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 08月 2020年 08月 2020年 06月 2020年 05月 2019年 07月 2018年 11月 2018年 07月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 04月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 ライフログ
ファン
|
ファン申請 |
||