青蓮亭日記

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2009年 12月 09日

「糸の宝石」展

振り返ってみるとこのひと月程の約半分は体調が悪くて家にいた。
でもその反動で、仕入れ以外にもあちこち観て歩いた日が2〜3日あった。

昨日は恵比寿の「limArt(リムアート)」で開かれている「糸の宝石」展に行った。

antiques tamiser(アンティークス タミゼ)」の店主・
吉田昌太郎さんがフランスの蚤の市で見つけた、
大量のクロッシェ(crochet/鉤編み)レースのサンプルと編みかたを記した手書きのメモ、
そのつくり手である、とある良家の女性たちが読んでいた
19世紀末に発行された大判のファッション・手芸雑誌を革表紙で装丁したものなどを展示し、
それらを収めた書籍『糸の宝石』(ラトルズ 刊)を販売するという展覧会。

『1×1=2 二人の仕事』に始まり、『裸形のデザイン』、そしてこの『糸の宝石』と、
なんだかラトルズ御用達ライターみたいだなぁ……。

「糸の宝石」展_f0151592_22525538.jpg




さて、貴重なアンティークレースのサンプルは
額装されて結構な値段がつけられているんだろうという予想ははずれ、
サンプルが貼りつけられ、その編みかたが書いてある、
縦に1本赤線が入った大学ノートのようなメモ(レシピカードほどの大きさ)や、
黒紙にレースのサンプルが貼られたものが無造作に並んでいて、
実際手にも取れるような展示になっていた。

書籍『糸の宝石』には、「特装本」(黒表紙・箱入り100部限定/税込 ¥10,000)と
「書店販売用」(白表紙/税込 ¥1,890)があり、
「特装版」を購入すると、この展覧会で展示されているレースのサンプルから
好きなものをひとつ選べて、それが付録になる
(「特装本」は展覧会期間中に完売したとのこと)。

ガラス越しでなく間近に観るレースのかけらは、
どれも極細の糸できっちりと正確に編まれており、
そのいくつか(イガイガした形や紋章のようなデザインのもの)は
かなり所有欲を掻き立てるものだった。

でも冷静に考えれば私には「白表紙本」で十分。
実物=人間の手がつくりあげた、繊細さと密度と強度を兼ね備えた
小さな美しい “物質” を観られただけで眼福だった。

自称 “レースおたく” の友人は、
私がこの展覧会に行くといったら心底びっくりした様子だった。

普段レースにほとんど興味を示さない私が
何に惹かれてわざわざこの展覧会に足を運んだかというと、
編み上がったレースよりもその一部=「フラグメント」(=断片、かけら)が、
「宝石」というより「結晶」のように感じられ、
几帳面な手書きのテクストとともに、とてつもなく魅力的に見えたからだ。

「雪は天から送られた手紙である」という言葉で有名な、
雪氷学・低温科学のパイオニアである中谷宇吉郎 博士
北海道大学低温科学研究所のスタッフが、雪の結晶をひとつひとつスケッチし、
その構造を数式を織り交ぜて記録したものがあったとしたら、
たぶんこんな感じなのではないだろうかと勝手に夢想した。

そこから未読のSF小説、J.G.バラードの『結晶世界』へと連想は続き、
ウチの文庫本の山の中にあるはずなので読んでみようと思った。

そうそう、このあいだ安く買った鉱物(これも「結晶」)標本をバラして、
「ジョセフ・コーネルごっこ」もしなくちゃね……。

「糸の宝石」展_f0151592_14515074.jpg

本をひもとくと、

「まずは31目のくさり編みを作ります。
1段目 — 編み終わりから8目めをすくってブリッド(=デザインの各部のつなぎ)を作り、
くさり5目を編んだら5目ごとにブリッドを作る作業を4回くりかえし、
くさり2目、次の3目めでブリッドを作り、端までいったら裏返します」

……といった、まさに「説明文」といった感じの文例が載っていて、
高尚な文学や叙情的な詩歌や熱烈な恋文以上に、
なぜかしみじみと胸にしみいる趣きがあり、なんというかエロスのようなものさえ感じる
(このあたり自分がちょっと特殊なのかとも思うが)。

例えば小津安二郎監督の映画において、
登場人物の間で平坦に繰り返される「おはよう」といったごく日常的な言葉、
マラソンランナーの円谷幸吉選手の「美味しゅうございました」の遺書のように、
淡々と数字と行為を記した無機的な内容の「マニュスクリプト」
(=手書きされた文書、手稿)であるがゆえの「言葉の宝石」のように思えてくる。

この本に関して惜しむらくは、せめて要所要所にでも
技法やパターンの名称や図像学的な解説があればよかったのに、ということ。

「糸の宝石」という言葉は、
吉田さんの天性のロマンティシズムとコマーシャリズムが生み出した言葉なのかな、
「糸の結晶」じゃやっぱりダメなんだよねーと思っていたのだけど、
17世紀ヨーロッパの最高級のアンティークレースを
このように形容する例があるらしい。
ペルシャ絨毯をこう呼ぶことも知った(ふむふむ)。

「リムアート」を後にして、
麻布十番から恵比寿に移転して以来初めて「タミゼ」に入り、
御近所の「エクリチュール」にも寄り、
友人に「マルタン マルジェラ」のショップに連れていってもらい、
恵比寿〜代官山〜渋谷〜青山まで歩き、「オルネ ド フォイユ」をのぞき、
最後は「UNTIDY」の “お引っ越しSALE” へ 。

「タミゼ」さんも「UNTIDY」さんも店に行ったのは6年振りくらいかな。
見れば影響を受けてしまうから、
古道具屋の仕事を始めてからはずっと入らなかったのだけど、
昨日いろいろな店を見てまわってみて思ったのは、
弱小露天商ながらも思い切って最初から「店主」になり、
そしてマイナーながらもブログという自分のメディアを持って、
まあよかったかなーということ。

前途多難ではあるけど……。

都内を西へ東へ歩きまわった別の日のことは、また次の機会に。

by penelope33 | 2009-12-09 23:07 | 観る・聴く・読む | Comments(4)
Commented by ぷち at 2009-12-10 00:38 x
おお、早速のレポート、有り難うございます!
結晶、断片、標本、たまりませんね〜。
コーネル....

「」内は「レースおたく」ということで
(そこまで徹底してないか)よろしくお願いします。(笑)
コレクターでもないんだよ〜。つもりでは。
Commented by penelope33 at 2009-12-10 00:39
あ、ぷちさん、起きてましたか!

「鉤編み」とか「クロシェ」とか、
慣れない手芸用語を書いている自分がオカシイです(笑)。
Commented by れいんどろっぷ at 2009-12-10 17:58 x
祖母の影響で子供の頃から編み物は好きでした。
一時期は狂ったようにニットを編みまくっていましたが、
レース編みだけはしたことがないのです。
普通の鉤針編みのモチーフ編みを最近再開したので
レース編みにも手を出したいなあと思っていました。
いい年だけど、レースの小さな付け襟とか、自分で
編んで身に着けてみたい。
Commented by penelope33 at 2009-12-10 18:40
編み物ができるのっていいですねー。

やたらと少女趣味なのは性に合いませんが、
ヨーロッパの品のいいおばあさんのように、
年齢に関係なく似合っていればレースもいいですね。

私は例えばひらひらフリルやレーシーなブラウスには
ジーンズ+ごつい靴を合わせるタイプでしょうか。
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