2011年 06月 20日

見送り(町田で)

6月18日早朝、義父が入院先の相模原市の病院で息をひきとった。
74年と7ヶ月の人生を文字通り全うしたと思う。

義父の遺志に従い、義母と義兄、ZOOと私の4人だけで家族葬。
18日に町田市の自宅で通夜、今朝早く郊外の斎場で荼毘に付した。

義兄の運転する車の窓から、さまざまな色と形の紫陽花が目に飛び込んできた。

慌ただしく帰ってきたので、町田の家の庭の紫陽花は撮れず。

f0151592_223652100.jpg




斎場の庭に咲く白い夏椿を見て、
義母が「娑羅(シャラ)・夏椿、あたし大好きで(家の庭に)植えたかったんだけど、
お父さんが(椿は花がポトリと落ちるので)イヤだっていうから……」と言った。

お骨を拾うのは、私の父方の祖父、私の母のときに次いで3度目。
ヒトは死ぬときにはなんにも持って行けないものだなと、改めて思う。

今では大酒飲みのZOOは、義父が倒れた24年前にはからきし飲めなかったので、
親子で飲んだことがないという。

お父さん、つまんなかったでしょうね。
私も一緒にのんでみたかったです。

寂しくなりました。

合掌。

by penelope33 | 2011-06-20 22:42 | つれづれ | Comments(3)
Commented by うな茶漬け at 2011-06-20 23:42 x
しばらく更新がなかったので もしや と案じて居ました。
私は前にも申しましたが10代のころからプロテスタントなので
何の抵抗もなく「天国」を信じています。
「神のなさることは 時に叶って美しい」という一節が聖書にあります。
ひとは一人で生まれ一人で旅立っていきますが、
旅立つという事は 天国での「新居」が整ったという事なのだと思います。
74年7か月、尊い 素敵な人生を送られたと思います。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
Commented by ゴッシーノ at 2011-06-21 04:22 x
障害を持たれてから長かったのですね。
加えてわたしなどは食べる楽しみが無くなったらガタッといってしまうような気がします。
それでも最後までポジティヴに過ごされたということはご家族のサポートがあったからでしょう。
すごいなあ充実した人生だったのだなあと感嘆しつつ、ご冥福をお祈り申し上げます。

Commented by penelope33 at 2011-06-21 13:23
うな茶漬けさん、ゴッシーノさん、ありがとうございます。

義父が50歳で倒れたとき、
あの世で両親が川の向こうから手を振っていたそうなんですが、
若くして亡くなった弟が、
川の水をバケツに汲んでぶっかけて追い返したとか……。

今度は皆で「よく頑張ったね〜」と迎えてくれていることでしょう。


<< 熱帯夜      ボディ・ランゲージ >>