青蓮亭日記

seirentei.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2011年 12月 10日

琉球・湧田焼の灰釉茶碗

沖縄の『壺屋焼』誕生前に隆盛を誇った『湧田(わくた)焼』の灰釉・無地の茶碗。
地元では茶碗のことを『マカイ』と呼ぶ。
17〜18世紀頃のものと思われる。

絵付けのあるもののほうが高価と聞いたが、
この一見地味な緑灰色の茶碗の静かな佇まいに強く惹かれた。

(口径:約13cm・高さ:約6cm/御売約)

f0151592_21482610.jpg




f0151592_2149598.jpg

手に取るとこんな感じ。

琉球におけるやきものの歴史は、考古学的年代の土器を除くと、
城跡から出土する高麗瓦などから始まるという。

琉球王朝が海外貿易を盛んに行っていた14〜16世紀頃に、
中国や南方諸国の陶磁器が豊富に持ち込まれ、
南蛮焼の技術が伝えられたのも、その頃だとされる。

1609年に薩摩の島津藩が琉球を侵略。

薩摩の治政下におかれ海外貿易が下火になると、
琉球王朝の尚貞王は産業振興の目的で薩摩から朝鮮人の陶工を招き、
湧田窯で朝鮮式陶法の習得に力を入れ始めた。

この頃から茶壺や茶碗などの上手のやきもの(上焼)が焼かれるようになり、
今日の『壺屋焼』の基礎が出来上がった。

1682年に王府の手によって美里村・知花窯(現・沖縄市)、首里・宝口窯、
那覇・湧田窯が統合され、現在まで続く『壺屋焼』が誕生した。

f0151592_21503871.jpg


f0151592_2151254.jpg


f0151592_21512643.jpg


f0151592_21495449.jpg

幅広で高い高台の形状など、今の沖縄のやきものにも通じる「南方系の形」をしながら、
どこか「朝鮮系=北方系のスピリッツ」が感じられるような気がする。

画像より実物のほうが断然いい。

『壺屋陶器事業組合』のサイトや東京・葛飾の煎餅屋さん『神田淡平』のサイト、
那覇市教育委員会のサイトなどを参考にさせていただいた。

by penelope33 | 2011-12-10 22:00 | 古いもの・古びたもの | Comments(2)
Commented by 銀継ぎ at 2011-12-11 13:21 x
良い茶碗ですね!
Commented by penelope33 at 2011-12-11 14:37
銀継ぎさん、こんにちは。
追ってメールいたしますね。
名前
URL
削除用パスワード


<< 青い琺瑯片口      大きな白無地の琺瑯キャニスター >>