青蓮亭日記

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2007年 10月 08日

明治印判皿と DAVID BOWIE

江戸時代初期(元和年間1615〜24年頃)に始まり明治時代に発達した、
染付(そめつけ=白地無地に藍色の染料で下絵付をし、上釉をかけて高火度で焼いた磁器)
の大量生産のための絵付技法を「印判(いんばん)」という。

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型紙を置いて呉須(ごす=天然の藍色の染料)を吹く吹墨の技法に始まり、
柔らかい素材(コンニャクなどを用いたと言われている)を切って押す単純な手法を経て、
やがて着物の型紙を用いて複雑な文様を転写する技術が進んだ。

明治期に入ると銅版や石版が用いられるようになり、
染料も俗に「ベロ藍」と呼ばれる人工の酸化コバルトに変わっていった。

明治期の印判の器はおおむね手頃な値段で買いやすく、
厚手で丈夫なので日々の食卓で惜し気なく使える気安さがある。
反面、平凡な文様のものは、型押しの単調さと派手なコバルト・ブルーの色が飽きやすい。

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すぐ上の画像の印判手塩皿(てしおざら)は、私が初めて買った “骨董品”。
手に入れた当初は、現代の器にない素朴で大雑把なつくりが新鮮で、
一緒に買った塗膳との “晩酌セット” でビールを飲むのがぐんと楽しくなったものだ。
しかしその後は「金繕い」の練習台になり、今では全く出番がない。

同じ印判皿でも飽きずにほぼ毎日使っているのが、
一段と明るい色合い、ポップな柄、そして形も洋風な1番目の画像の中皿(直径18cm)。
器については年々渋好みになってきている私だけど、これだけは例外。

見込みの貝はたぶん蛤。
そこからマンガのフキダシみたいなのがホヤ〜ンと出ていて、そこにはなんと竜宮城が。
蛤が竜宮城の夢を見るのか、
それともこの蛤を食べた人間が浦島太郎のように夢を見せられるというのか。
幻覚キノコならぬ幻覚ハマグリ?

これは、「蜃気楼」の語源である、
中国の古典『史記』天官書の中の「蜃(あるいは蛟)が吐き出す吐息によって
楼(高い建物)が形づくられる」という記述に基づいているのだと御教示いただいた。

まわりには珊瑚と立派な翼の鴎……と思ったけど、足を見ると千鳥?
この鳥が十字架のようで、全体にどこかクリスマスっぽい印象
(後に全く同じ模様の大鉢を見つけてビックリ)。

目を刺すように鮮やかなブルーと相まって、
なんだかモダンを通り越してシュールでサイケな意匠だ。
昔の日本人のこういったブッ飛んだデザイン感覚はすばらしい。

ところでこのお皿のことを書こうと思ってから、
ずーっと頭の中で 「♪ Blue, blue, electric blue〜」と、デヴィッド・ボウイの
『SOUND AND VISION』という曲がヘビー・ローテーションで鳴っていた。

この曲が収録されている『LOW』というアルバムは、
主にドラッグが原因でアイデンティティ・クライシスに陥ったボウイが、
東西冷戦の最前線である東ベルリンに籠って制作した、いわゆる “ベルリン三部作” の1枚。

ジャケットを眺めながらアルバムを聴いているうちに、
そういえば「ベロ藍」の「ベロ」というのは、
酸化コバルトを初めて実用化したドイツの「ベルリン」が訛ったんだっけと思い出す。

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印判皿は私の好きなフィンランド・ARABIAの青いTEEMAとの相性がいい。
もちろん普通の白や青の器とも。

by penelope33 | 2007-10-08 08:40 | ウチのもの | Comments(0)


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