2007年 11月 11日

磁州窯 “粉引” 小皿

磁州窯(じしゅうよう)とは、中国河北省南部の邯鄲(かんたん)市・
磁県の「観台鎮(かんだいちん)」や「彭城鎮(ほうじょうちん)」を中心とし、
五代末(10世紀後半)から、宋代、元代の最盛期、
そして明、清代を経て今日まで続く、中国最大の窯場のひとつである。

(径:約12.8cm・高さ:約2.5cm/売約済)

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通常「窯」といえば、窯場=生産地を指すが、
「磁州窯」には「大磁州窯」とも呼ばれる、より広義の意味がある。
鉄分の多い黒っぽい素地に白土を薄く掛け、さらに透明釉を掛ける
「白土掛け(化粧掛け)」に代表される磁州窯風の技法を用いたやきものが、
西は陜西省から東は山東省まで大変広い地域で生産されていることが、
近年の研究で明らかになったのである。

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この白土掛けの技法は、
官窯(皇帝のためのやきものをつくる窯場)の高級品の白磁の光沢を
安価で容易に再現できるため、各地で挙って用いられるようになったという。
そのため、現在では「磁州窯」という言葉は、
磁県の産のやきものということにとどまらず、
広く「磁州窯系のやきもの」という概念も含むようになった。

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美術館などが収蔵するものの多くは、
宮廷や身分の高い人々のためにつくられた伝世品だが、
磁州窯でつくられたやきもののほとんどは民衆のための陶器であり、
中でも発掘品は私なども手に入れることができる。

私が最初に買った磁州窯のやきものは、
白地に牡丹の鉄絵が描かれた宋代の碗(深皿)で、
闊達な筆使いと、白と焦茶色のコントラストが素晴らしかった。
その後も、中国古陶磁でふと手にしてみると磁州窯のもの、ということが多い。

この小皿は、元から明頃の磁州窯のもの。

現代陶では「粉引」といえば、花岡隆氏の作品など、
暖かみのある白で人気のあるやきものだが、
骨董の世界では「粉引」といえば李朝のやきもののことで、大変希少である。
「鉄分の多い黒っぽい素地に白土を薄く掛け、さらに透明釉を掛ける」という技法が
共通していても、通常中国のやきもののことを粉引とはいわない。

しかし、この「月に群雲」のような窯変を持つ小皿、
李朝好きも思わず目をとめるような魅力を持っている。
骨董のセオリーにとらわれると、「なんだ中国ものか」ということになるが、
李朝粉引と比べてほんのわずかな値段で
この不思議な景色を座辺に置く愉しみを逃す手はない。

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by penelope33 | 2007-11-11 17:57 | 古いもの・古びたもの | Comments(0)


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