青蓮亭日記

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2007年 11月 29日

ナゾの古陶磁

下の画像の徳利のようなもの、最初は出自も用途もさっぱりわからなかった。
この品を売っていた岐阜の業者さんに尋ねても「?」
(これで瀬戸系のやきものという可能性が小さくなった)。
特に惚れ込んだというわけでもないのだが、なんとなく気になるので購入。

その後、使ってみるでもなく、“店”に並べるでもなく、
3年くらいしまい込んでいたのだけど、
ふと、北欧陶器と日本の民窯陶器を並べてみようと思いついたとき、
このフラスコみたいな形と無国籍な雰囲気が両者をつないでくれるような気がして、
ひさびさに引っ張り出してみた。

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改めて先輩業者さんに見せてもやはり正体はつかめなかったが、
その方が同手のものをお持ちだった。
結局、「口に古く丁寧な銀直しがあるので、徳利として使われたようだが、
元の用途は『杓立て』(茶道具の杓を入れるもの)か?時代は少なくとも江戸後期」
という推量のまま、人目にさらしてみることに。

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最初に“店”に並べたとき、予想外に手に取る人が多くて驚かされる。
上の画像の白い板の上は、スウェーデン、オランダ、日本の混成チーム。

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上の画像はその翌月。
古い板の上は、フランス、デンマーク、日本の混成チーム。
このときあるお客様が、この古陶磁を見て
「元は“しょっつる”を入れていたもの。少なくとも江戸前期の萩の産」と、
直しの古さや土の性質から理路整然とした推理を語ってくれた。

黒いセル眼鏡に黒々とした髭、
なんとなく明治時代にビゴーが描いた風刺画に出てきそうな特異な面相のその方は、
「そこまで言って、買わないのもナンだけどねー」と言いながら立ち去っていった。

こんな風に、よくわからないものを並べておくと、
お客様からいろいろと教えていただくことがある
(そしてそういう方は大抵その品は買わない)。
結局、リサ・ラーソンがお好きだという別の方が買っていった。

帰宅後、萩焼についていろいろと調べてみた。
確かに赤く細かい土は萩焼と似ている。
でも萩焼って萩藩・毛利家の御用窯で伝世品は茶陶ばかりなんじゃない?
ところが……

文禄(1592-93)・慶長(1597-98)の役で秀吉が連れ帰った朝鮮陶工たちが、
毛利家の命を受けて1604年に萩城下・松本村に開窯した「松本焼」。
これが「萩焼」の祖であるという。

その一族が、1657年、大津郡深川村三之瀬に創業した「深川焼」は、
御用窯として藩の管理を受けながら、
「自分焼」と称して藩の御用以外に自分の商売用に焼くことを認められていたというから、
あるいはここで焼かれた雑器なのか……?
(関係ないけど「自分焼」というと「根性焼き」を連想してしまうな……)

茶陶としての「萩焼」の名称の文献における初見は1664年だが、
一般的な「萩焼」という呼称は明治以降のもので、
藩内では「松本焼」「深川焼」(または「三之瀬焼」)と呼んでいたそうだ。

秋田の「しょっつる」(=塩汁)と同じ魚醤文化は能登にもあるようだから(「いしる」=魚汁)、
やはりこの品は山陰地方の産なのだろうか。


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(2008年8月21日 追記)

コメントで御教示いただいた後、沖縄のやきものの資料をあたっているうちに、
『蕾 VOL.2/1977』(創樹社美術出版 刊)の
「沖縄の古陶磁誌上展」という特集記事の中に、下の図版を見つけた。

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確かに問題の古陶磁にとてもよく似ているが、
長い首と張った肩(胴?)のラインが違うんじゃないかなぁという気も。

by penelope33 | 2007-11-29 17:36 | 古いもの・古びたもの | Comments(4)
Commented by Awavi。 at 2007-11-30 22:38 x
ストーリーを聞くと非常に魅力的に見えてくるのが恐ろしいです。笑
Commented by penelope33 at 2007-12-01 00:19
味がしみておいしそうでしょ?(笑)
Commented by 通りすがりの骨董屋 at 2008-02-23 17:10 x
沖縄ではないでしょうか
Commented by penelope33 at 2008-02-23 17:50
御教示いただき、まことにありがとうございます。
沖縄古陶磁の資料をあたって勉強してみます。


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