青蓮亭日記

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2008年 01月 10日

古い家族写真

母は昭和3年2月3日生まれ。今年80歳になる。
画像は、母が5歳くらいのときの家族写真。

母方の祖父母は、末っ子の母が結婚する前に相次いで亡くなった。
右側3人の伯母と伯父も故人、母の後ろに立っている背の高い伯母も近年他界した。
存命なのは、母と、左後ろに立つ母のすぐ上の兄=C市に住む伯父のみ。

4日、川越の実家近くの総合病院に入院している母の面会に行った。

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母はアルツハイマー病とパーキンソン病、それと元来の難聴が進み、
眠っていないときでもほとんど目をあけることもなく、話すこともできない。
だから面会といっても顔や体を触ったり、耳元で声をかけたりするだけだ
(同室の人に迷惑なので、あまり大きな声は出せない)。

昨年3月に「胃ろう」の手術をする際に川越郊外の特別養護老人ホームを出されてしまい、
その後市街にある外科病院と総合病院を行き来している。

この日、母は珍しく右目をわずかにあけていた。
母の瞳を見たのは4年ぶりくらいだろうか。
視力がどれだけ残っているのかわからない。
でもたぶん私の顔はわかったのではないかと思う。

父から“C市の伯父” が施設に入ったと聞いた。
暖かくなったら父と姉と一緒に見舞いにいくことにした。

母の面会に行くと、「まだ頑張っているんだな」と勇気づけられもするが、
永福町と川越を往復する足どりはやはり軽いとはいえない。

父親似の私が母から受け継いだ身体的な特徴は、
真っ黒で太い髪、うなじの髪の生えかた、外反母趾くらいだと思っていたけれど、
最近これに「くしゃみ」が加わった。

くしゃみをすると見えない母親が立ち現れる。

by penelope33 | 2008-01-10 16:00 | つれづれ | Comments(2)
Commented by sa55t at 2008-01-10 21:27
こういう「歴史」写真は本来の役目を果たしておりますね。
わたしんとこは当時のネガがありまして焼いたことがあります。
まるでタイムカプセルから出てきたように過去が現代に蘇りました。

うちの母と同症状ですね。所謂寝たきりで意識があるのか無いのか、胃漏で栄養だけは行き届いているようですが、こちらのことを認識もしません。しかし不思議なもので孫にはかすかに反応します。
もう4年になります。
Commented by penelope33 at 2008-01-10 21:49
胃漏の案が出されたとき、
最初は「無理な延命はやめよう」ということで家族の意見が一致していたのですが、
最終的には父が「できるだけ長く生きていてもらいたい」と言いまして。

2〜3年前でしたか、兄が小さな子どもを連れて面会に行ったとき、
母もやはり反応したそうです。
子どもの声の波長が大人と違うからかな、と皆で話したりもしました。
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