2008年 08月 21日
昨日、目黒のCLASKA(クラスカ)2Fのギャラリー&ショップ “DO(ドー)”で 9月7日(日)まで開催中の「澄 敬一の仕事」展を再度観に行ってきた。 あの空間とオブジェたちは、昼間の光で観るのも気持ちがよさそうだけど、 夜じっくり観たらまた一段といいだろうと想像していた (オープニング・パーティのときも夜だったが、 人が多く気もそぞろでロクに目も頭も働かず……)。 展示に手を加えに来ていた澄さんにいろいろお話をうかがった後、 例によってちっちゃなオリンパスμ-10で写真を撮っているうち、 だんだん日が暮れてきて会場全体がアンバー系に染まってきた (改めて「アンバー」という言葉を辞書で調べてみると、 「amber=琥珀;琥珀色」と「umber=鉄酸化物などを含む茶色の土;顔料/茶色、赤褐色」 というふたつの単語が載っていた)。 「おー、マジックアワーだ。いいじゃんいいじゃん!」と思いながら、 さまざまなオブジェ、さまざまな角度からの眺めを、なるべくたくさん収めようと思った。 「マジックアワー(Magic Hour)」という言葉、 三谷幸喜監督の最新作のタイトルとして目にした方も多いかもしれない。 もともとは映画や写真の撮影用語で、日没後の残照で万物が美しく見える20分程の時間のこと (日本語の「逢魔が時」に近い言葉だろうか)。 はかなげなネオン管の光が強度を増し、 古い無垢材やアルミニウムでできた家具やオブジェに陰影が生まれ、複雑な表情が加わる。 家に帰って画像をMacに取り込みながら、 あの空間の気持ちよさはいったい何なんだろうとぼんやりと考えていた。 ネット上に既に簡潔な展覧会評がありますので、 以下、澄さんが話していたことを思い出しながら個人的なことを含めて、 長々と書かせていただきます。 ◎ 「塗材を剥がした木は珪藻土と同じように呼吸をする」 部屋や家具が呼吸をしている場所は、人間にとっても快適なはず。 我が家で一番ホッとする場所は、漆喰と無垢材でできた台所だ。 古いものが持っている、 「年月」=「時間」が作り出した「風格」……という言葉は大仰過ぎるし、 「品格」という言葉は今や手垢にまみれているから、 とりあえず「静かな尊厳」とでも言いましょうか。 汚れを取り去り、塗材を剥ぎ取り、原型に戻してもなお、 古い素材にはそういった「静かな尊厳」が宿っている。 自分の体験と結びついて「懐かしい」と感じさせる親しみやすさや、 体験したことのない遠い過去の擬似的な記憶さえ呼び起こす力がある。 人にこのような感情や記憶を抱かせる、古いものに刻まれた「時の痕跡」。 余程の成金趣味でもない限り、 現代の都市生活者はほとんど本能的にそれに惹きつけられる。 最近よく、古道具のことを「物語(ストーリー)のあるもの」と書いているのを見かけるが、 澄さんが手を加えたオブジェは、 「誰々が何処何処で使っていた」といった「物語」を感じさせるより、 元々の古物が持っていた「機能」があらわになっていたり、 意図的に、あるいは無意識にずらしてあるものが多い。 ◎ 「さまざまな国がそれぞれの王朝の様式=デザインを持っていたのが、 バウハウス以降に初めてインターナショナルなデザインというものが生まれた」 私は学生の頃にグラフィックデザインをかじったものの、 立体に対する感覚に乏しく、製図も苦手で、 学園祭や卒業制作展などで学友のプロダクトを観ると、 日々の暮らしで実用できるものをつくれる人たちがとてもうらやましかった。 いや、プロダクトデザインどころかグラフィックデザインでさえ自分には無理だと思い、 卒業後はデザインや印刷の制作管理の仕事に就いた。 自分でつくれないのは今も同じだけれども、 アノニマスな(=誰がつくったかわからない)古いものをたくさん観ていくうちに、 この形はいいとか悪いとかいう感覚が少しづつ芽生えてきて、 そこから現代のデザイン、現代の形を照らして観るようになった。 それと同時に、古いものの中から装飾や具象的な模様の少ない、 シンプルで原型的な美しさを持つものを選ぶようになっていった。 このあたりのことは「ミニマリストのコップ」という記事に書いているので、 御興味のある方はお目通しください。 長々と自分の体験を書いてしまったが、澄さんの古物へのスタンスというのは、 「どこの国の何時代の何々様式」といったものを消し去り、 「バウハウス以降の原型的なフォルムを見つけ出す、あるいはそこに還元させる」 といったものなのだと思う。 ◎「プラスチックだって何だって、みんな土に還る」 先程「時の痕跡」と書いたことは、平たく言えば「経年変化」ということだ。 経年変化が進むとものは土に還る(ものだけでなく人もそうだ)。 澄さんは、古物の塗材を剥ぎ取り、原型に戻し、呼吸ができるようにしてやりつつ、 それらのものが最終的に土に還っていくという認識(諦観?)を持っている (「土に還りやすいようにしよう」とするのはエコロジーだけれど、 別にエコやリサイクル、リユースを目的にしているわけではない)。 「土に還る」ということは言うまでもなく「死」のアナロジーだ。 ここまで書くと、あの清浄な(それにしても「澄」という名字もすごいな……)世界を 味わうことの妨げになってしまうかもしれないけれど、 私が澄さんの作品……というか、 (親しみを込めて言わせてもらえば)「工作物」に詩情を感じるのは、 それが静かに息づきながらゆっくりと死に向かうものの最後の残照であるからだ。 まあ、木工品などは人間よりずっと長生きするので、 ちょっと深読みが過ぎるかもしれないが、 少なくともあのネオン管の光は観ていて痛い。 チリチリと胸を焦がすような気がする。 今にも消え入りそうな線香花火、あるいは小さな命の灯火のようだ。 澄さんが手がけたショップやスタジオやギャラリーの内装は、 ファッション系の雑誌で取り上げられることはあっても、 建築系の雑誌では一切取り上げられたことがないのだという。 古いピアノなどを使った什器を付加することもあるが、 その多くは「古い物件の不要なものを剥がし、白色系で塗装をし、床を貼るだけ」だから、 ということらしい。 その一方で、ラ・ガルリ・デ・ナカムラやライオンビルといった澄さんが手がけたスペースで、 無印良品やIDÉE(イデー)、ACTUS(アクタス)といった会社が、 こぞって家具のカタログの撮影を行ったという興味深い事実がある。 それは、時代の空気に敏感な人たちが、 廃墟でも白いホリゾントのスタジオでもモダンなコンクリートの空間でもなく、 澄さんが、古い素材を生かしつつ余計なものを剥ぎ、注意深くディテールを整えた空間が、 自分たちのプロダクトをより魅力的に見せ、 大衆にアピールすることを嗅ぎ取っているからだろう。 澄さんの仕事は “アノニマス” なまま、実は多くの人々の目にさらされている。 澄さんは自分のことを、「インテリアデザイナーというよりは、 掃除屋、クリーナー?の方があっているかもしれない。デザインしていませんから」という。 私は私で、1930年代あたりのクラシカルな美術で近未来の世界を描いた 映画『未来世紀ブラジル』に登場する、ロバート・デ・ニーロ演じる 「タトル(=武装して非合法に空調ダクト《=風穴》を空ける修理屋)」 のことを思い出していた。 澄さんは、38歳で池尻大橋に『push me pull you』 (これは「ショップ」というより、むしろ「サロン」に近いものだったらしい)を開くまで、 設計事務所で働いたり、西欧や東欧を旅したり、神田の三省堂書店でアルバイトをした他、 ビルの窓拭きを長い間やっていたそうだ。 私は自分自身の経験から考えて、 「最終的に選び取る職業の萌芽は、若いときに無意識にやっていたことの中にある」 と思っている。 若き日の澄さんにとって、 それは単に「余計な人間関係にわずらわされない割のいいバイト」だったのかもしれないが、 大都市・東京に住み、「ビルの窓拭き=クリーナー」を黙々とやっていた時間は、 H.D.ソローが森でひとり暮らしをしていた2年2ヶ月と同じように、 今の澄 敬一を形づくるさまざまな要素に結実しているのかもしれない。 もちろん他にも、教会建築や手仕事が身近にあった幼少時の環境とか、 シェーカー教徒の暮らしとか、SFとか、ドゥルッティ・コラムとか、ロラン・バルトとか、 ラウシェンバーグとか、アウシュビッツとクリスチャン・ボルタンスキーとか、 ヨーゼフ・ボイスとか、フルクサスとか、 いろいろ思い浮かべたものはあるけれど、 私はこれらのこと全てについて語れるほど詳しく知っているわけではなく、 収拾がつかなくなるので、とりあえずこのあたりでこの長い感想文を終わりにします。 **************************************** 2009年12月の『ルアッサンブラージュ』展の様子は、こちらに。
by penelope33
| 2008-08-21 22:24
| 観る・聴く・読む
|
Comments(6)
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Awavi。
at 2008-08-22 23:04
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デザインしないデザインですか。
懐かしい感じのする作品群ですね。 古い木の匂いがしてきそうです。 木造校舎だった小学校の薄暗くなった教室に、 忘れ物を取りに入った記憶とダブります・・。
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penelope33 at 2008-08-22 23:34
このCLASKAに行くついでに
Britz Galleryの「Terri Weifenbach 写真展」も観たかったんですが……。 そういえば、Awavi。さんの日記でうかがえる 端正な仕事ぶり(多肉関係の栽培とか分類とか)と暮らしぶりに 共通するものを感じます。 機会がありましたら足を運んでみてください。 できるだけ長い時間ボーッとこの空間にいるといいかも。
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at 2008-08-23 14:07
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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at 2008-08-23 14:14
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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at 2008-08-24 07:17
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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penelope33 at 2008-08-24 09:44
鍵コメさま
この展覧会に足を運んでくださったのですね(それにご本まで!)。 ありがとうございます。なんだかうれしいです。 ホントに気持ちのいい空間で、ついつい長居をしてしまいますね。 “ご報告” もありがとうございます。 澄さんと長時間お話をしたのは今回が2度目でしたが、 アート、建築、デザイン、モードなどなど、まあいろいろよく御存知で、 御自分の作品についても想像以上に自覚的な方でした。 私にはあれほど公汎な知識はないですけど、 年齢が同じでどこか共通する感覚もあって、お話がストンと落ちまして。 よろしかったら妹さんにもぜひ(笑)。 本当にありがとうございました。 |
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古道具屋「ロータス・ブルー(青蓮亭)」店主のつれづれ。家族は映像ディレクターの相方ZOO(2021年9月13日、横行結腸がん+肝転移により58歳で逝去)とキジトラ猫のヤマコ(♀/2022年9月23日、16歳で他界)。ブログ主は、膠原病類縁疾患の『シェーグレン症候群』のため療養中です。 by 青蓮亭 カレンダー
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