青蓮亭日記

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2008年 09月 03日

古いガラスのピッチャー

実家から持ってきた古いガラスのピッチャー。
母が結婚する前から実家にあったのかどうか、今では確かめるすべはないけれど、
おそらく昭和30年以前のものだと思う。

子どもの頃、お弁当や給食のない土曜日のお昼ごはんに、
母はよくホットドッグとアイスコーヒーをつくってくれた。

勤め先が家から近く、昼はたいてい帰宅してうどん(!)を食べていた父も、
珍しく子どもたちと一緒に喜んで食べていた。
もともと父が母に頼んでつくらせていたのかもしれない。

コーヒーは当然インスタントで、銘柄は「MAXWELL(マックスウェル)」
確かこのピッチャーにコーヒーをつくって、めいめいが牛乳を足していたような気がする。

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ヤマザキのホットドッグ用のパンに
マーガリン(雪印ネオソフトか味の素マリーナ)を塗って蒸し、
S&Bの練りカラシをつけ、いためたソーセージとみじん切りのタマネギをはさんで、
デルモンテのケチャップをかけたホットドッグ(私はカラシとタマネギ抜きだった)。

当時は、というか今でも、バンズが蒸してあるホットドッグなんて外で食べたことがない。
ZOOが20代の頃仕事でNYに行ったとき、
セントラルパークで蒸したバンズのホットドッグを食べたというのを聞き、
「そうか、あれはアメリカ流だったんだなぁ」と改めて思った。

昭和7年生まれで長年観光バス会社で営業の仕事をしていた父は、
一度も海外に行ったことはないのだけど、
若い頃にごく短い間、埼玉・朝霞の進駐軍の駐屯地で働いていたことがあった。
たぶんそのときに「アメリカ流のホットドッグ」の味を覚えたのだろう。

「アメリカ人は『トウェンティー(=20)』じゃなくて『トウェニー』って言うんだ」
というのが父の口癖だった。

でも、私の知る限り、このピッチャーが現役だったのはほんのわずかな間で、
ずいぶん長い間食器棚の中で埋もれていた。
実家から救い出してきた後もときどき花器にするくらいで、
やはりほとんど台所の高い棚にしまったままだった。

このページを見ると、
今年1月に撮った写真に初めてキッチンツール立てとして登場している。

それまでの焦茶色のアタ製の筒に500mlビーカーを入れた妙な容器をやめて、
しまい込んでいたピッチャーを使い出したのは、
「クウネルVol.25」('07年5月1日号)に載っていた渡辺有子さんの台所で
キッチンツールが大きなガラスジャー2つに入っていたのを、
恥ずかしながらマネしたのである。

「ああ、あれがあったっけ!」と思いついて古いピッチャーを使ってみると、
見た目がすっきりして安定感もあり、
何より懐かしいカタチがいつも目につく場所にあるというのがうれしい。

ちなみにここに写っている台所用品の中で、
比較的新しく“導入” したものは、柳宗理のバタービーター、ターナー
(フライパンをテフロン製から鉄製に替えたことから↑)、
alfiのポット(廉価版)、青森ヒバの菜箸など。
しゃもじ風のスプーンは8〜9年前に東急ハンズで見かけて即買った。
普通のおたまは工房アイザワのもので、かれこれ20年くらい使っている。

by penelope33 | 2008-09-03 22:45 | ウチのもの | Comments(2)
Commented by びっき at 2008-09-03 23:52 x
うちにもこrに良く似たピッチャーが3つありました。
ひとつは友達に差し上げましたが(だからいまは2つ)
そっか、こんな使い方もあるんですね~ 僕はお酒入れるしか思いつかなかった^^;

うちのはURLに貼っておきました。
Commented by penelope33 at 2008-09-04 01:17
もともとはビールサーバーとして使われていたみたいです。
骨董関係の本で、大正時代につくられた同じ形のものが載っていました。


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