両親のお墓が、車を持っていない私たちきょうだいの誰もがもうロクに行けない場所になってしまい、
その上、永代供養料が結構かかると聞いたので、
姉と相談し、7月にZOOとヤマコを納骨した都下の樹木葬の霊園に移すことにした。
アルコール依存症のため、一度膵炎で死にかけた義兄(と姉)についても、
「(遺灰を川越の)家の庭に撒く」などと言っていたので
(役所の担当者が「可能」と言ったとか……🤔)、
「同じところで(お墓を)買えば?」と勧めた。
熟年離婚した兄は、お墓のことまで手が回らない様子。
12/6の納骨は、姉が腰や股関節の調子が悪くなってしまい、結局、私ひとりで。
その後、父方の叔父たちにお知らせの手紙を出した。
お墓の写真ばかりでもつまらないので、2人の若い頃の写真もレイアウト。
母はもろに『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーン・スタイル。
昭和7年生まれと昭和3年生まれ(終戦時は國民学校の生徒&女学校の生徒)、
教育勅語を誦じていた軍国少年少女だったんだよね……。
戦争を記憶しているか、親から戦争の話を聞いているか・いないかで、ものすごい差があると、
義母(昭和15年生まれ)や70代以降の人々の様子を見るにつけ、痛感する。
10/24に、姉と一緒に両親の元のお墓の「墓じまい」。
父は自分で購入したお墓に結局2年と少ししか
いられなかったわけだけど、まあ仕方ない。
たまに行けるし、なんとなく一家がまとまった感じで、いいんじゃない?
(「孫」が来るかどうかはわからないけど……)。
90とは思えないほど骨がしっかりしていた父。
運動が得意だったのに、メンタルがねぇ……。
年配の「新人さん」らしき方がご担当。
生花は少しだけど、一応、日比谷花壇で買っていった。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-37294607"
hx-vals='{"url":"https:\/\/seirentei.exblog.jp\/37294607\/","__csrf_value":"f8ab8873736dab451f0a9947f6903c4e249d618f21018fbb11f41b37ab0148a58a970a9dde4e84756f6bcaf7311a6ff08ef3527e90cc1427b2bb2ca633b4a491"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">